つれづれとミロ受けなお話ポチポチ書いてます。
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11の時に入れられた寄宿舎より長期休暇でもないのに突然呼び戻されたのはミロが16になる年の夏のことだった。
片田舎とはいえ広大な土地を代々所有する貴族の家に次女として生まれたミロは幼い頃より姉と共に父や家庭教師に学問を叩き込まれてきた。
女の癖にと人は笑えど、こんな時代だからこそ女であっても学がなければならないというのが父の考えで、おかげで世間一般以上の知識とそして貿易に関する知識を多く学んできた彼女だったのだが、こんな風に突然家に呼び戻されたのは初めてのことでミロは一抹の不安を覚えながらも郷里へ向かう列車へと乗り込むのであった。
「とにかく、俺はこんなの絶対に嫌だからな!」
「!」
駅に迎えに来てくれていた馬車に乗り、実家にたどり着き一番にミロが耳にしたのはなにか陶器の皿が割れるような音と、そして盛大な怒声であった。
その声はおおよそ一年ぶりに耳にするものだが間違いなく4つ上の姉、カルディアのもので。
一体またなにを言い合っているのだろうと足早に玄関へと向かうミロは思い切り内側から開かれた玄関のドアに危うく顔面をぶつけるところだった。
「ミロ…」
「カルディア?一体どうし…」
「…悪い」
「え?か、カルディア?」
一年ぶりに会う姉の顔色はすこぶる良好そうで、ほっと胸をなでおろすも束の間カルディアはミロと言葉を交わす暇すら惜しいとばかりに屋敷を飛び出していってしまった。
気分屋なカルディアが父と喧嘩することは度々あったことだが、こんな風な態度をとられたのは生まれて初めてで。
呆然と立ち尽くすミロにひとまず屋敷に入るよう促したのは父の声だった。
「ミロ、お帰り」
「あ、ただいま帰りました…お父様」
これまた一年ぶりに耳にする父の穏やかな声。
慌てて居住まいを正しながらぺこりと頭を下げるミロに父、シオンはそっと目を細めるのだった。
「婚約…ですか?」
荷物を置いたら私の部屋に来なさいと命じられ、ミロは自室に荷物を置いてくるとすぐさま父の書斎へ向かったミロは聞かされた言葉に思わず目を丸めた。
貴族の家に生まれたからにはそのくらいの年には婚姻関係を結ばされるのだろうなという、なんというか覚悟みたいなものはミロだって持っていた。
ただ、なんとなく想像が付かなかったのだ。
あの姉が結婚するということがどうしてもイメージできなくて。
そんなミロの困惑をシオンも察したのだろう、困った風に彼は笑うと「それで少し、あの子と言い合いになってしまってね」と淹れたての紅茶に口を付けるのだった。
「断ることは、できないのでしょうか?カルディア…姉様はあまり乗り気でないように思うのですが」
本人には「姉様なんて呼び方やめろ」と名前で呼ぶことを強要されていたが流石に父の前ではまずいだろうといいなおし、「あんな態度では相手方にも失礼だと思うのですが」と付け加えればシオンは「うむ…」と唸るような声を上げながら「そうもいかんのだ」と表情に影を落とした。
「我が家は代々名だたる名門貴族の家柄。古くは女王陛下直々に領地を預かり、外交上でも多くの成果を残してきた。しかし、な…」
「しかし、どうされたのです?」
問わずとも、おおよそミロには父が言わんとすることが予想できた。
景気に影が落ちる昨今、名門貴族といえどその余波は容赦なく押し寄せているのは知ってはいた。
父がこっそりと所有していた牧場や別荘を手放したこともミロは知っている。
けれど、よもや…
「政略結婚、ですか?」
「…そういうことに、なる」
だから姉はあんなにも憤っていたのか、とミロは眉を寄せ、じっと暖炉の上の家族写真を見つめた。
まだ幼い頃、姉は心臓がとても弱かった。
今でこそ大分丈夫にはなったものの、自分のように学校へ行かせてもらえず、ずっとこの屋敷で過ごしてきたのだ。
そんな生活の果ての無理やりの婚姻。
カルディアの怒りは、悲しみはきっと計り知れない。
「お父様、お相手は誰なのです?」
静かなミロの問いにシオンは懐から一枚の写真を取り出すとそれをテーブルの上に乗せた。
端正な顔立ちの青年。
カメラを見つめるその青年は口元こそ穏やかな弧を描いているが目は全く笑ってはいなかった。
その冷めた表情はどこかで見たような気がする…がうまくミロは思い出せない。
「ジェミニ商会、といえばお前も聞き覚えがあろう?」
「はい。この何十年で名を上げてきたやり手の豪商…と聞き及んでおりますが…」
「婚姻相手はその家の長子、サガだ」
絞るような声を出す父に、ミロは父の苦渋の選択を垣間見、返す言葉を失うのだった。
「父さんから聞いたろ…俺は体のいい人身御供ってわけだ」
「カルディア…」
屋敷から少し離れた小高い丘の上の大きな木の下は幼い頃自分とそしてカルディアがよくピクニックに来ていた場所だった。
この丘から眺める景色が大好きだった。
なだらかな広陵とした大地を見渡せ、金の穂波や葡萄畑を見渡せるこの場所が。
「カルディア…」
「お前がんな顔すんなって。大丈夫…俺だって覚悟決めるよ」
苦笑して、そして額をついてくるカルディアにミロは胸の奥がちりりと痛んだ。
思えば姉は自分で決めた人生をいうものを歩んだことがないような気がするのだ。
生まれつきの心臓の弱さの所為でまるで籠の鳥のように屋敷に閉じ込められ、そこから開放されたと思えば今度は無理やりな婚姻で…
「カルディア」
「うん?」
ミロはきゅっと奥歯を噛み締めるとカルディアの両手を握って、そして真直ぐに彼女の目を見つめた。
その真剣な表情に思わずカルディアもたじろいでしまう。
「カルディア…私がなんとかする。だからカルディアはマニゴルドと一緒に、逃げて」
「っ、なんで、そこでマニゴルド、だよ」
突如出された名に、思わずしどろもどろになるカルディアの様子にミロは苦笑した。
屋敷に程近い村にある学校で教鞭を振るう彼とカルディアが懇意の仲だと知っているものは少ないが、その数少ないうちの一人がミロだった。
明るく楽しい、頼りになるマニゴルドをミロも気に入っていたし、そんな彼とカルディアがいい仲だと知ったときはミロも喜んだものだった。
願わくば、二人が結婚できますようにと思ったほどには。
「後のことは私がなんとかする。だからカルディアは何かに縛られる必要なもう…ない」
「ミロ…お前、まさか」
痛みを堪えるような顔でミロを見やるカルディアに、しかしミロは穏やかな表情のまま首を振るとこちん、とカルディアの額に己の額を打ち付けるのだった。
「私は十分自由に生きた。今度はカルディアが自由になる番だ」
「俺が…婚約、だと?」
久しく空けていた実家に呼び戻され、開口一番に兄に告げられたのは「私の代わりにある女性と婚約しろ」という命令だった。
ジェミニ家は今でこそ名のある富豪の仲間入りとなったが所詮後ろ盾のない、貴族連中からしてみれば「下賎の輩」であった。
ゆえに貴族の娘との縁談で爵位を手にし、上流階級に切込もうとし企んでいるのはカノンとて知ってはいたが、どうしてその鉢が己に回ってくるのだと問えばサガはあっさりと「私は結婚する気がないからだ」と言い放つのだった。
サガの双子の弟として生れたカノンはサガのスペアとして長く日陰者として生きてきた。
サガの為に役立つ学問を習い、サガの役に立つ格闘技を習う。
全てがサガのための人生。
つまり今度の婚姻も有無も言わさないものなのはサガの口から出たときからもうカノンもわかってはいた。
けれど…。
「サガよ、お前もいい加減に諦めたらどうだ?」
「…うるさい」
「いつまで初恋の少女を引きずるつもりだ」
「私の勝手だろう?」
むすりと口をへの字に曲げ外に視線を向けるサガを見やり、カノンは口元をゆがめた。
サガが結婚したがらない理由をカノンは唯一知っている人間だった。
だって、カノンもまた、サガと同じ思いを抱え生きてきたのだから。
今から丁度5年前に見かけた幼い少女に恋をしてしまってから…
初めて見たとき息が止まるかと思った。
それほどあの少女は酷く魅力的だったのだ。
蜂蜜色の巻き髪に大きな瞳は空色で、木漏れ日の下の彼女の姿を未だに二人は色濃く思い出せた。
「それで、俺はお前のふりをして婚約を結べばいいのか?」
脳裏に蘇える少女をかき消しながらカノンは皮肉を込めた笑みを浮かべる。
どうせ願ったところで、祈ったところで自分の人生とあの少女の人生は決して交わることはないのだから、あの出会いは白昼夢だと思い込むほうが建設的だ。
「帰って早々申し訳ないが、明日には顔合わせになっている」
「それはまた急な話だな。まったく」
立ち上がりやれやれと肩をすくめればサガはもう一度「すまん」と申し訳なさそうに言葉を漏らした。
兄であるサガは自分にとっては絶対だ。
けれどサガが今までそれを嵩に自分に酷い命令をしたことはなかった。
全ては家の意向、全ては家長である父アスプロスの。
だから今までカノンはサガの「命令」に逆らってきたことはなかったのだ。
兄もまた「籠の鳥」なのだと知っていたから。
「気にするな。それよりお前こそ、いい加減身を固めねばいつまでも天使を追いかけているばかりではそのうちはげ散らかしたくそジジイになってしまうからな」
カノンのそんな揶揄にサガは小さく噴出すと「やかましい」とカノンの頭を小さく小突くのだった。
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