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【怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ。汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ】
PM0:08
雨で燻る路地裏。テールランプの赤い光がまるで蝶々のようにひらひらと薄闇を切り裂いて、そして遠くへと消えていく。
駅のすぐそばの繁華街。繁華街と言っても路地裏は人もまばらで、そして喧騒も遠い。
しかしひっそりと、そして確実にそこには沢山の混沌としたものか息づいているのだ。
例えばそれは死の香りで会ったり、たとえばそれは誰かの呪いの唄であったり。
そんな混沌としたもので充満した世界を、男は嫌ってもいたし、しかし好いてもいたのだ。
この汚く醜くおぞましく…そしてその中で希望へと向かい足掻きもがき戦おうとする者が生きるこの世界が。
男の名は「マニゴルド」と言った。
職業は私立探偵。胡散臭いと言われるかもしれないが本当にそれを生業としているのだから仕方ない。
繁華街の廃ビルの2階に事務所を構え、3階を住処にする彼は「自称」名探偵。フィリップ・マーロウに憧れ、ハードボイルドを決め込む彼を人はこっそりと「ハーフボイルド」と呼んでいた。
今日日、私立探偵というものはもうからないものである。
特にマニゴルドの様に個人で細々とやっている探偵は毎日が火の車で…。
本日も彼は「気分がのらねェ」と依頼された浮気調査の帰りで、ビニール傘を片手に浮かない顔で繁華街を歩いていた。
気分が乗らないからと言って、依頼を蹴れるような甲斐性などマニゴルドは持ち合わせていない。ただでさえ家賃やら食費やらで毎日毎日がかつかつで、仕事をえり好みしている場合ではないことはマニゴルドは重々承知だったのだ。
その上…。
「くっそ…あの野郎…。また通販でいらんもん買いあさりやがって…」
がくりと肩を落としつつ、マニゴルドが「あの野郎」と呼んだのは事務所で飼ってる大型の猫の事だった。
「大型の猫」と、聞こえはいいが実際はただの「ドラ猫」だ。
日がな一日眠っていたかと思えば、夜中に起きだし通販番組でわけのわからないものを買いあさる「ドラ猫」またの名を「居候」ともいうが…。
とにかく、マニゴルドはその居候が通販番組で買いあさった品物の所為で今月もヒーヒーと働いていたのである。それでなくともあちこちにツケやらなにやらあるというのに…。
そんなことをとつとつと考えながら歩いていたマニゴルドは、ふと、自分の事務所のあるビルの前に見覚えのある車が止まっていることに気が付いた。
国産の白のセダン。それ自体はよくみる車だが、ミラーにぶらさがったヒヨコのマスコットには間違いなく見覚えがある。
「……なーんか、事件か?」
マニゴルドはひっそりと口元に笑みを浮かべた。なんだかにおってくる気がしたのだ、とびっきりの「ミステリー」の香りとう奴が。
それは重く薄闇が落ちる路地裏のすえた臭いではなく、心の奥の何かを刺激するような香り。
直感的に感じた感覚を胸に抱き、マニゴルドはいつになく軽やかな足取りで事務所へとつづく階段を一段飛ばしで駆け上ってゆくのだった。
「よ!なんか事件か?」
「人に会ったらとりあえず「事件か?」と聞くのはやめろ…マニゴルド」
二階へと続く階段を駆け上り、短い廊下の先にあるのがマニゴルドの探偵事務所入り口のドアだ。
自分でカッティングシートを買ってきて作ったドアガラスの標識はなかなかに出来がいいと自分でも少しご自慢である。そんな探偵事務所のドアを開け、事務所内に足を踏み入れれば中に居たのは案の定、予想通りの人物だった。唯一、予想外だったのはその人物が今日は相棒を連れていたことだったが。
「まあまあ、あいさつ代わりのようなもんだろ? いまさら硬い事言うなって!」
「…あのなぁ…。まあ、いい。お前に少しばかり聞きたいことがあって入らせてもらったんだが…」
「ああ、こいつのことは気にしなくていい。お昼寝時間だからな、今は…」
言って、マニゴルドは溜息を吐き捨てると応接用のソファにぐでんを横たわる「居候」を忌々しくねめつけて、そして立ったままだった二人に対面のソファに座るよう促して自分は給湯室へと向かった。
丁度、つい昨日にコーヒー豆を仕入れたばかりだ。それもとびっきりのやつを。
貧乏をしていてもコーヒーと酒だけは極上品を、というのがマニゴルドの持論。こればかりは変えられない。
「んで、俺に聞きたいことって?」
「ああ。アイオロス」
「この女性に見覚えはないだろうか?」
コーヒーのカップを三つばかりお盆に乗せ、戻ってくれば差し出された一枚の写真。アイオロスから差し出された写真をコーヒーと交換で受け取るマニゴルドはそこに写された女性の顔を見て、一瞬で顔色を変えた。
だって、その顔にはあまりにも見覚えがありすぎたのだ。なんたって、その女性は…。
「今…ストーカー被害で相談を受けてた依頼人…だ。この人が、どうしたんだ!?」
「やはりそうか…。この女性の財布の中にお前の名刺が入っていたからまさか…とは思ったが」
「だからっ、この人がどうしたんだ?」
「殺されました。遺体と思わしきモノが今朝…発見されました」
ここから100mほど離れた高架下の空き地で。
淡々と告げるアイオロスの声がマニゴルドの耳から耳へとすーっと通り抜ける。
探偵を初めてもう5年近く。
だけど、依頼人が“死んでしまう”なんて事態は初めてで、こんなにも“死”を身近に感じるのも久しぶりで…。
静まり返った室内に、雨が窓を、地面ををたたく音だけが響いた。
夜中にやんだ雨がまた降りだしたようだった。
まるで、マニゴルドの心中を表すかのような…雨が。
AM7:35
「これは…ひどいな」
そう吐き捨て、現場監督官であったシジフォスは苦虫をかみ殺したかのような苦い顔を作ると控えていた鑑識班に現場の鑑定を任せてその場を離れた。これ以上この場にいれば吐き気を抑えるのが困難だと判断したからだ。
夜半過ぎまでまるでバケツをひっくり返したような雨模様だったが今は霧雨状の雨粒が降りしきる程度の小康状態に落ち着いていた。もっとも今の天候が夜中よりマシであろうとも昨夜の豪雨ではかなりの証拠品が雨に流されているのだろうなと、そう考えるとシジフォスはただでさえ重い頭がさらに重くなるようだった。
繁華街というものは往々にして、犯罪の温床だ。
特にこの街には底知れないなにかがあるとシジフォスも常々感じていた。しかし、今回ほどの事件などシジフォスも警察官になってから初めて経験するものでどうしたものかと、口をつくのは溜息ばかりだった。
「被害者は…女、なんでしょうかね」
そう控えめに声をかけてきたのはこの春、別の署からここに移動してきたばかりのアイオロス巡査長だった。アイオロスは警察学校時代よくシジフォスが面倒を見た男だ。その彼の問いかけにシジフォスはわずらわしく顔に降りしきる雨粒を手で遮りながら「分からん」と小さく首を振り、そしてやはり苦々しい顔つきで言葉を漏らした。。
「そもそも一体…被害者が何人なのか判断すら俺には出来ないよ」
ブルーシートで覆われた事件現場。鑑識に囲まれパシャパシャとフラッシュをたかれている「ソレ」は幾本の腕、幾本の足、それから何体かの腹やなにやらもう班別すらつかない肉片が適当に縫い付けられたおぞましく、醜い「何か」だった。
「警部。被害者の持ち物と思われるカバンが見つかりました。中身は財布とそれから化粧類だけですね。財布の中には身元が分かるようなものはなにも…ただ、現金には手が付けられていないようです」
「…まあ、強盗目的の犯行ではないのは明らかだからな…」
現場から少し離れ、一息ついていたシジフォスのもとにアイオロスは鑑識から聞かされた証拠品の状態を詳しく報告した。
現場で押収された証拠品は一度鑑識で念入りに調べなければならないため現物をそのまま刑事が持ち歩くことは出来ない。一語一句聞き逃さずにきっちりと鑑識からの報告をメモしたノートを読み上げながら、ふと、アイオロスは自分が気になった点をついでにシジフォスへと告げるのだった。
「財布の中には保険証やカードの類はなかったのですが一点、気になることが」
「気になること?」
「はい。マニゴルドの名刺が入っていたんです」
「…マニゴルドの、名刺?」
予想外の男の名に、シジフォスは眉間の皺を深く刻み、そして小さく息を吐き捨てた。
マニゴルドとシジフォスは旧来の中だ。彼が探偵になる以前、大学時代からの先輩後輩と言う間がら。
出会った当時はマニゴルドは優秀な学生で、将来を約束された男だったのにどこでどう間違えたのか彼は探偵という道を選んでしまった。職業を差別するつもりはシジフォスにはないのだが、如何せん彼の経営スタイルはとてもじゃないが「商売をする人間」という感じではなく、シジフォスも今までなにくれと世話を焼いてきたのだったが…。
「マニゴルドか…話を聞く必要がありそうだな。一度署に戻ったらあいつのところに顔を出そう。アイオロス、お前も付き合ってくれ」
「はい」
頷くアイオロスに、シジフォスも小さく頷き返した。
それが今朝のことである。
それから捜査会議やらなんやらで時間を食い、マニゴルドのもとにシジフォス達が顔を出したのはちょうどお昼頃。あいにくマニゴルド自身は留守だったが留守番をしていた「居候」に二人は渋々ながらも中に入れてもらうことができ、そしてその数分後にマニゴルドは事務所に帰ってきたのだった。
PM0:19
「うちの依頼人だ…ストーカー被害にあっていて、その相談に乗っていた。彼女には親兄弟の身寄りはないし…そう言えば恋人が一人いると言っていたが…俺もあいにく連絡先は知らんぞ」
と、シジフォスに伝え自分が持ちうる、そして開示出来うる情報を彼に与えればシジフォスは「恋人の方ならば連絡はもうついている」と返事を寄越した。
「どういう事だ?」
「…財布の中にお前の名刺とは別の名刺が入っていたんだ」
「名刺が…?それが恋人のだったのか?」
「まあ…そういうことだ」
「情報感謝する」とソファを立ち上がる二人に、マニゴルドは「ああ、ちょっと待てよ」と声をかけた。このまま「はいさようなら」では味気ないというより、なんだか消化不良だ。
こちらは事前に依頼人の女性に前金をもらっているし、痛いところはないのだが、如何せん依頼人がなんらかの事件に巻き込まれ亡くなったというのは寝覚めが悪い話だ。
それも若しかしたら彼女のストーカーによる犯行かもしれないと思うと探偵としての沽券にもかかわる。
彼女を守ることが出来なかったのだから。
「その、彼氏って奴に会うことは出来るか?」
「会うつもりか?」
「…彼女の依頼を受けながら彼女を守ることが出来なかったからな…せめても、謝罪くらいはしといたほうがいいかなってよ」
がしがしと後頭部をかきむしるマニゴルドにシジフォスは「今回の事件は…ストーカー犯によるものではないと思うがな」とぽつりと漏らした。そして次の瞬間しまった、と彼は顔を顰める。
「ストーカー犯の犯行じゃない…?なんか、確証でもあんのか?」
「いや…まぁ…」
「ふぁ…死体があまりにもいじょーで、りょーきてき。さいこぱすっていう奴なんだろ?」
「カルディア!」
「お前、起きて」
「起きてなくても“聞こえた”」
もぞり、と体をソファの上で寝ころばせ、先ほどまですやすやと眠っていた「居候」ことカルディアは大きなあくびと共に目を覚ました。
驚くマニゴルドとシジフォス、アイオロスをしり目にカルディアはまるで猫のようにくんと背を伸ばすと「コーヒー」とシジフォスのカップに手を伸ばし、そしてそれを一口口に含むと「まっず。やっぱマニのコーヒーは世界一まっず」を吐き捨て、そしてお気に入りのソファに顔を埋めるのだった。
「聞こえた…ってどういう。俺やアイオロスは一言も何も…」
「まあまあまあ!なんでもないってシジフォス!気にすんな、こいつの戯言だ!」
「ざれごとじゃねえし。なんだ…うわ、気持ち悪い…それ人間? なんか…吐き気がするぞソイツ」
カルディアの言葉に首をかしげていたシジフォスの顔色が瞬時に変わった。
人間ではない「ナニカ」吐き気がするほどの「ソイツ」とはまさに今朝、自分やアイオロスが見てきたばかりに物を形容する言葉そのものだ。
まさか、カルディアは今回の事件にかかわっているのでは…
カルディアを剣呑なまなざしで見つめるシジフォスにマニゴルドは「こいつはただ適当言ってるだけだって」と慌てて取り繕う様に大きな声を張り上げるのだった。
「と、とにかく!後でちょっとそっちに伺うわ。俺も一応関係者だし、仏さんに線香の一つもあげねえとだし」
「あ…否、まだ遺体は司法解剖に回されている最中だぞ」
「そう、なのか?ま、まあ…でも、その恋人っつーのは来てるんだろ?一応やっぱ…な」
「……好きにしろ。俺はこれで帰る。情報悪かったな」
「いえいえ~」
まだカルディアを少しばかり訝しんでいたようだったがしぶしぶ事務所を出ていくシジフォスとアイオロスの背中を見送り、マニゴルドは脱力気味にソファに座り込んだ。
そして未だソファに横たわったままのカルディアにマニゴルドは声をかける。
「お前な…何か見えたとしても、あいつらの前で変なこと言うんじゃねえよ」
「だってさ…気持ち悪いかったんだもんよ」
「気持ち悪いって、なにがだよ?」
ネクタイを緩めながら、マニゴルドはくしゃりと自分の髪を乱しカルディアに問いかける。
その問いを受け、カルディアは「だってさ」ともう一度面白くなさそうに呟くと再びコーヒーカップに口をつけ「げろまず」と呟いてから真っ直ぐにマニゴルドを見つめた。
その瞳の真剣さに、マニゴルドはぞくりと、背中になにか嫌な汗が流れるのを感じた。
こういう目をカルディアがするときはたいていとんでもないものを見た時に他ならない。普段は寝ぼけた眼が深い色合いを帯び、瞳の奥に濃い闇を見せるときがマニゴルドは少しばかり苦手だった。
「人間じゃねえもん。腕が1、2…少なくとも4人分かな。あとは…なんでそんなところに無理やり詰め込んだんだろう…女の腹の中に頭がいっぱい」
「一体、なんの話だよ」
聞いているだけで胸がむかむかしてくる話に、マニゴルドが苦々しく言えばカルディアは「だから」と小首をかしげて続けるのだった。
「女の死体の話だろ? っていうか…もう女一人じゃないけどな」
カルディアの言葉はまるでなにかの小説か、あるいは台本を読んでいるかのようなそんな現実味のない言葉だった。
けれどそれが逆にリアルにマニゴルドの耳に届いたのかもしれない。
その不自然さが逆に「異常ぶり」を浮き彫りにして。
「少なくとも、4人分の死体が合わさってるぜ、その女に」
PM14:00
腹が減ったとわめくカルディアにとりあえず食事を与え、マニゴルドは小雨降りしきる街中を愛車であるミニクーパを走らせ、シジフォスの勤める警察署へと向かわせた。後部座席ではまだカルディアが「寒い」だの「デザートがない」だのわめいていたがあえてマニゴルドはそれを無視し、車を走らせていた。
事務所に置いて来れば一番手っ取り早く煩わしくはなかったのだが、如何せんそれが出来ない訳が突然発生してしまったのだ。これは少しばかりのマニゴルドの誤算だ。
だからマニゴルドはカルディアを一緒に連れてこざるを得なかったのだ。
まあ…連れて来たら連れて来たで「働かせればいい」だけだと思い直して。
「なぁ…マニ」
「あんだ?」
「お前の所為じゃねーぞ。その依頼人が死んだのは」
「……他に、何が見えたんだ?」
「あんまり。でも、なんか嫌な感じだ。気持ち悪い…あそこと一緒の匂いがした」
「っ…そういう事は先に言え!」
キッと短くブレーキを踏みこみ、マニゴルドは車を車道の端に寄せた。後部座席を振り返り顔を渋めるマニゴルドにカルディアは「平気平気。たぶん、まだ遠い」と首を振る。
しかしマニゴルドの眉間の皺はますます深くなるばかりだった。
マニゴルドは人にカルディアを紹介する時「ただのドラ猫」だの「居候」だのと言った表現を使う。しかし、それは実際には違っていた。カルディアはマニゴルドはもう4年ほど保護し、かくまい続けている存在だったのだ。
それは師であり、そして憧れであった先代の所長…セージの頼みによって。
もう、4年になる。当時は駆け出しだったマニゴルドがセージと共に向かったのはある実験施設。
そこでは研究者が様々な人体実験を行い、そして「異能者」を作り上げていた。カルディアはその組織でもっとも厳重な警戒を敷いた場所にとらわれていた「能力者」だった。
セージのもとに舞い込んだ依頼はそのカルディアを救い出すこと。依頼人はマニゴルドは知らない。
その事件でマニゴルドはカルディアと出会い…そしてセージという師を…。
「組織はほぼ壊滅…解散したとはいえ…お前を狙う輩がどこにいるか分からねえんだぞ!だから、今日は事務所に置いていかなかったの分かってるだろ!なのに、組織の匂いを感じたって…お前な!そういうことはさっさと言え! あいつのとこに置いてくる」
「マニ!俺なら平気だって言ってるだろ!それに、4年前より俺も成長してるんだ。能力をシャットアウトだってできる。絶対にばれないようにする。だから、置いてくなよっ…!」
ぎゅうと、マニゴルドは肩を掴まれて、そしてやけに必死なカルディアの表情に目を丸めた。
何故、ここまでカルディアは必死になっているのだろう、と。しかし、その理由をマニゴルドはすぐに察した。
4年経ったとはいえ、長く閉じ込められていた研究所の匂いを感じて平気でいられるほどカルディアはまだ強くはないのだ。
研究所から救い出した当時を思いだし、マニゴルドは目を細めた。
微かな物音におびえ、車のテールランプにさえもカルディアはおびえていた。自分がトイレに立つ時でさえカルディアはびくびくとしていたではないか…と。
「…悪かったな」
くしゃりとカルディアの頭をかき混ぜ、マニゴルドは小さく口元を歪めた。
「なにかあったら言えよ? あと俺から離れるな。約束しろ」
「分かった」
こくりと頷くカルディアに、マニゴルドは「良い子だ」とその額に触れる様な口づけを与えると再び前に向き直り、車を走らせるのだった。
警察署についたのはそれから5分後の事だ。
「本当に来るとはな…だがあいにく遺体は解剖中だし、捜査情報は教えられんぞ」
「そこをなんとか…なんねぇかなぁ」
警察署1階。
受付に呼び出されたシジフォスは先ほどの言葉通りに現れたマニゴルドに眉を寄せ、そして大業に溜息を吐き捨てて見せた。こうやってマニゴルドが警察署に情報を聞き出しに来るのは初めての事ではない。今まで幾度「やめろ」とか「来るな」と言ったかシジフォスも記憶にないのだが、それにもめげずやってくる根性だけはシジフォスも素直に感心するところだった。
「くどい。そもそもお前たちも十分怪しいんだぞ。先ほどのカルディアの言葉もそう…マニゴルド。お前だって考えによっては容疑者リスト入りなんだからな」
「また冗談を!カルディアのあれは、ほら!寝ぼけてただけだし!大目にみろよ、な?」
ぱしんと手を合わせてシジフォスに拝み倒すマニゴルドをしり目に、カルディアはきょろきょろと署内を見渡していた。
マニゴルドと違い、滅多に事務所を出ることのないカルディアには警察署はただただ物珍しかったのだ。
こんなにも人がいる建物というものが。
天井を見上げ、それから廊下を奥をのぞき、玄関に顔を向けた時カルディアは思わず「あ」と声を漏らしていた。
その声につられ、マニゴルドとシジフォスも玄関へと顔を向ける。
「アルヘナ…」
「誰?」
「被害者の一人…お前の依頼人の恋人だ」
シジフォスが零した名に問うマニゴルドにシジフォスは小さく答えた。
その返答に、マニゴルドは表情を強張らせた。
年の頃はカルディアより少しばかり上…といった程度か。
依頼人だった彼女と同じ年頃の彼の顔は焦燥しきっていて、今にも倒れてしまいそうなほどにその顔色は悪かった。
「シジフォス警部さん…レダは…彼女はいつ、帰ってくるんです!」
「いや…それはなんとも…。きちんと調べ終わったらちゃんと君のもとに返すから。とにかく君は休みなさい」
「休んで、休んでなんかいられませんよ!彼女の顔を見るまで…僕は、僕は彼女と生まれ変わるんだって、約束して、一緒に幸せになるんだって、約束したんですっ…!」
シジフォスに掴みかかるものの、しかし力なく床に崩れ落ちむせび泣く青年の背をマニゴルドは優しく叩き「ちょっと外に出ようか」と声をかける。
「すまないな…」
シジフォスの声にマニゴルドは首を振ると青年の腕を自分の腕に回させ、玄関へと向かい歩き出した。
それにカルディアは続き、しかし振り返るとシジフォスをまっすぐに見つめ口を開いた。
「アルヘナ…だっけ」
「ああ…そうだが。それが…」
どうかしたのか?と続けようとしてシジフォスは思わずぎょっと目を見開いた。
カルディアの表情は冷え切っていて、そして向けられる瞳の色はあまりにも透明過ぎたのだ。
実際、彼の瞳はいつもの青い色彩だったのだが、そういうことではない。
全てを見透かされそうな瞳だったのだ。思わず色んな犯罪者を相手にしてきたシジフォスをたじろがせる程度には。
「あいつ……いや…なんでもねぇ」
「カルディア…お前、一体何者なんだ?」
マニゴルドとは旧知の仲だと言うのに、彼はカルディアに関して一切を語らなかった。
ある日、カルディアはマニゴルドの事務所に居てマニゴルド曰く「ドラ猫」で。
今まで、幾度も聞こうとは思ったのだ。マニゴルドには。
彼が何者なのか…そして一体、何が見えているのか…と。
「俺は…俺だよ、シジフォス警部」
ふっと、微笑むカルディアの表情はいつもの天真爛漫ぶりは影をひそめ妖艶さが際立っている。
飲み込まれそうな、吸い込まれそうな…そんな色気が。
「じゃあな、シジフォス警部!」
「っ、カルディア、ちょっとま……一体、なんなんだっ」
伸ばした手は、カルディアの腕を?まえることなく宙をさまよい、そしてぱたりと下に落ちた。
その手を、シジフォスは持ち上げるとそのまま後頭部へと持ち上げ、くしゃくしゃと収まりの悪い髪の毛をかく。
どうにも、カルディアにはいつもしてやられてばかりなきがする。
毎度毎度彼のペースにはめられ、気づけば問題をすり替えられて…。
「勝てんな…だが、俺は諦めんぞ」
絶対にカルディアの正体を突き止めてやるのだ…じっちゃんの名にかけて!
心の中でそんな誓いを立てながら、シジフォスは捜査会議室へと一人、戻るのだった。
PM14:49
「離せよ…あんた、なんなんだ!」
「俺は…マニゴルド。あんたの彼女にちょっとしたトラブルで相談を受けてた探偵だ」
「たん…てい?」
マニゴルドに襟首を掴まれながらもまだ抵抗しようとする男に、マニゴルドはそう自己紹介を述べた。とたん、抵抗をやめたアルヘナは「どうしてレダが探偵なんかを…」と口の中でもごもごと呟くのだった。
「今回の事件に、もしかしたらかかわってるかもしれないが…あんたは聞いてないか?レダがストーカー被害にあっていた、と」
問われ、アルヘナはうつむき首を振る。「そんなことは…彼女は一言も」と。
署を離れ向かった先はそこから少し離れた児童公園だった。ちらほらと小学生らしき子供たちが遊具で遊んでいるのを遠目に、三人は遊具から少し離れた噴水のそばのベンチに腰を下ろす。
「俺と彼女はお互いに身寄りがないんです…。同じ孤児院で育って、つい4年ほど前に一緒に暮らし始めました」
そう言ってアルヘナが胸ポケットから取り出したのは自分とそしてレダが映った写真だった。いまより少し若いころの写真なのだろう。少し色あせた写真の中の二人は幸せそうな顔でカメラを向いていた。
「俺たちには家族がいないから、だから二人で新しい完璧な…幸せな家族を作ろうとずっと夢見ていたんです…なのに、なんでこんな…」
「アルヘナ…」
うぐ、と小さく呻き頭を抱え静かに涙を流す男を、マニゴルドは控えめに呼んだがそれ以上声をかけるのは躊躇われた。
あいにく、男の慰め方については不勉強なのだ。冗談を言うわけでもなく、だ。
恋人を亡くした男の心を慰める方法などマニゴルドは持ち合わせてはいない。ただ、見守るくらいしか…
「なあ!アルヘナだっけ?お前レダとかいう女のなにか持ってねえのか?」
「こ、カルディア!」
しんみりとした空気。
しかしそれをぶち破ったのは他でもないカルディアだった。
「え…」と呆然と顔を上げるアルヘナの目元は真っ赤で、カルディアを押さえつけようとしているマニゴルドの目は白黒していて。
それでも構わずカルディアは続ける。
「なんか最後に身に着けてたのとか。もしかしたらそこから、なにか分かるかもしれないぜ!」
カルディアの言葉にアルヘナはしばし考えると「そうだ」とポケットから財布を取り出した。
なんの変哲もない女性もの。ブランド物でもない、シンプルなものだ。
「彼女が持っていた財布です。これだけは返してもらえて…これで、彼女のなにが分かるんですか?」
問われ、カルディアは不敵に微笑むと「これは内緒の話なんだがな」とちらりとマニゴルドを伺うように視線を寄越した。
その視線に、カルディアがなにをやらんとしているか察したマニゴルドは小さく頷き返す。
本当なら人前でさせたくはないのだが…今回は例外だ、と。
「持ち主の…“想い”が見えるのさ」
アルヘナからレダの財布を預かり、カルディアはそれに手を触れさせ目を閉じる。
集中の邪魔にならないようにと、マニゴルドとアルヘナはベンチから少し離れた場所でそれを見守った。
「想いが見えるって…どういうことなんですか?」
「俺もよくわからねえんだが…いわゆるサイコメトラーとかそういった類と思ってもらえればいい。あいつはその場に残った残留思念だとか、物に残った念を感じ取ることが出来るんだ」
それがあの研究所でカルディアが囚われていた理由…と心の中で呟いてマニゴルドはカルディアを見つめる目を細めた。
サイコメトラーの能力は無限の万能の力ではない。それはとてつもない集中力を要するし、その能力は常にシャットアウトしておかねばパンクしてしまうほどに周りの情報を取り込んでしまう諸刃の能力なのだ。
だからマニゴルドはカルディアにあまりその能力を使わせたがらなかった。
その能力があれば探偵としてもっと稼げるのは分かっていたが、それだけはしたくなかったのだ。
時間にして数分だろうか。財布に手をかざし目を閉じていたカルディアが「ぷは!」と息を吐き捨てると同時に苛立たしげに頭を掻きむしったのは。
「カルディア…いった…」
「彼女は、彼女は最後に、なにを思っていたんです?」
マニゴルドが問うよりも先に声をあげるアルヘナに、マニゴルドは僅か驚き、声をかけられたカルディアは「んな、大きい声出すなよ」と面倒くさそうに首を振るのだった。
「おい、アルヘナ…彼女の事が好きなのはわかるが少しはおしつ…」
「落ち着いてなんかいられるかっ、レダは、最後になにを思った?」
「あ、アルヘナ」
かっと目を見開き今にもカルディアにとびかかりそうなアルヘナをマニゴルドはやんわりと諌めるように肩を掴んだ。
強張った肩からマニゴルドの手によって力が抜けていく。
「す…すみません…取り乱してしまい」
「いや、仕方ないさ。それで…カルディア」
「なんもなかった」
「あ?なにも…なかった?」
返ってきた返事があまりにも予想外すぎるもので思わずぽかんとしてしまうマニゴルドに、カルディアはもう一度「なんにもねえんだ」と繰り返すとアルヘナへと視線を移した。
「悪いがこれからはなにも…」
「嘘だ!!なにか隠しているのだろう!?正直にいえ!レダは、最後に、レダはなにを思ったのか!言えよ!!」
「おちつけ、おちつけって!アルヘナ!アルヘナ!!」
「っ…」
カルディアに掴みかかるアルヘナを取り押さえ、力づくにベンチに座らせながらマニゴルドはカルディアを背中でかばった。マニゴルドに背中で庇われながらカルディアは、乱れたマフラーを整え、冷静な眼差しで二人を見つめた。
一瞬、カルディアはぞくりとしたいやな感覚を覚えたがアルヘナを抑えるので必死なマニゴルドにそれを伝えるのは躊躇われ口をつぐんだ。
一瞬の、アルヘナの目が何かを思い出させたのだ。
なにか、忘れてはならないものを…。
「マニ…もう帰ろ」
呆然と地面を見つめ肩を激しく上下させるアルヘナと、それからご自慢のヘアスタイルを乱しまくっているマニゴルドを見やりカルディアはぼそりと吐き捨てた。
「今日はもう帰った方がいいだろ?」と。
PM13:25
アルヘナと別れ、事務所に帰った翌日。マニゴルドはカルディアを連れてある男のもとを訪ねていた。
その男はシジフォス同様に大学時代からの腐れ縁であり、そして未だに親密なつながりをもった男だった。男が居を構えるのは探偵事務所から10分ほど離れた繁華街の中の小さな病院。若いながらも病院を開き、なおかつ腕もそこそこいいというその友人は、しかし一点において非常に非常識な人間であった。
なにせ彼は無免許医だったのだから。
「カノン!ちょっといいか?」
「取り込んでる、と言ったらどうする気だ?」
「まあ、構わず入るかな」
「だろうな」
勝って知ったるとばかりに病院内を突き進み、診察室のドアを開け放てば革張りの椅子に深く腰掛けたその友が看護師を自分の膝の上に乗せて居るところだった。マニゴルドはそんな様に盛大に溜息を吐き捨て「まったく!まだ昼間だぞ」と肩を竦めると患者用の椅子にどかりと腰を降ろした。ついで診療所に入ってきたカルディアはカノンと、それからそのカノンの膝の上の人物に目を止め「よお!」と手を軽く挙げるのだった。
「そろそろ来るころだろうとは思ってた。昨日の今日だしな。情報は仕入れてる」
机の引き出しからカノンは分厚いファイルを取り出した。そして「ミロ」と名を呼べば膝の上に座っていた看護師はすぐに立ち上がり、レントゲン台に明かりをつけるのだった。
「なんだ、カルディア。能力使ったのか?少し顔色悪いぞ」
「ん。今日は平気。甘いもん食えば治る」
「そうか。無理はするなよ」
ファイルから書類を取り出しながらちらりとカルディアの顔を見ただけで能力の使用に感づいたカノンにマニゴルドは少しばかり舌を巻いていた。
カノンはカルディアの持つ能力の事を知る数少ない人物の一人だ。そしてカルディアとマニゴルドが出会うきっかけになった事件の事もよく知っている。
だから、マニゴルドもこの男にだけはやすやすと気を許すことが出来た。
カノンは自分と同じタイプの、同じ立ち位置の人間だと分かっているから。
「しかし…随分なサイコパス野郎が現れたもんだな。医者やって結構経つが…こんな案件は初めて見たぞ」
かん、かん、とレントゲン画像をミロがレントゲン台にはめ込んでいく様子を見つめるカルディアの隣でマニゴルドは「その事なんだが」と前おいて、それからミロがレントゲン台を用意する前に目の前に置いてくれた紅茶を一口煽った。
「俺はシジフォスから情報をもらえてねえんだ。手持ちの情報はマスコミが発表した「変死体が見つかった」程度にしかねえんだ」
「ほぉ…そりゃあ残念だったな。こいつぁ、かなりイった犯人の犯行だぞ」
ファイルから取り出して机の上にプリントアウトした死体画像をカノンは広げていった。
「っ…うえ…まじか、よ」
まるで漫画雑誌でもめくるようにカノンがファイルを見ていたものだからマニゴルドは油断していた。その画像が想像以上にグロテスクでそして異常だとは予想だにもしていなかったのだ。
「真ん中のがお前の依頼人だったか?レダって女性だろうな。あとの四人の男女はいまだ身元不明だ。犯罪履歴どころか全員4年以上前の記録が一切残されていない。歯形痕からの追跡も不可能だ。すべてデータベースにないからな」
小学校の頃、カエルの実験をしたことをマニゴルドはひっそりと思い出していた。
ピンで四肢を台に固定され、無防備な腹をメスで裂かれていく様子を。
彼女の死体はまさにそれだった。
違うのは彼女の両の腕がはりつけではなく胸の上で組まされていたことだったが…。
「カルディアが見たのはこれか」
「カルディアが?」
「シジフォスがうちにきたんだよ」
マニゴルドの答えにカノンは「なるほどな」と短く言葉を返すと今度は「こっちの方だが」とレントゲン台を指差すのだった。
「こっちはレダの腹の中に詰め込まれてた男女の頭蓋骨のレントゲンだ。無理やりハンマーか何かで頭蓋骨の一部を破壊。それからくっつけた…ってところか。遺体には縫合の跡も見られた」
これを見て…どう思うよ?机に頬杖をついて問うてきたカノンにマニゴルドは「は?」と返すほかなかった。
これをみてどう思う、なんて「気持ちが悪い。最悪だ」としか答えようがないというものである。
そんな意味を込めて睨み返せばカノンはやれやれと肩を竦め、今度は同じ質問をミロと呼んだ看護師にするのだった。
ミロはナース服に身を包んでいるがが立派な男である。年のころはカルディアより3、4つ下だ。
この二人の出会いもまた、自分とカルディアの時と同様、いろいろあ会ったのだがここは割愛しよう。とにかくミロはカノンが女装させて手元において愛でまくるほどにはカノンのお気に入りで恋人で、そして大切な助手だった。無論、ミロの方もカノンにはかなりの恩義と、信頼、それから愛情を感じているようでつまるところのバカップル。辟易するほどのバカップルという奴で…。
とにかく、そんな間柄な二人だからまた「怖~い、カノンのばか!眠れなくなっちゃったらどうするんだよ」「一緒に寝ればいい話だろ」「そっかー」なんて会話を繰り広げるんじゃないだろうなと表情を白けさせるマニゴルドはしかし、予想外のミロの「返事」に驚くのだった。
『犯人は複雑だ。秩序型でもあり無秩序型でもある。矛盾しすぎて気持ち悪い』
さらさらとノートにボールペンで綺麗な文字を書き連ね、それをカノンに、そして自分とカルディアに向けるミロにマニゴルドは首をかしげるのだった。
それはミロが口ではなく筆記で返答をしたことについて、ではない。
ミロは他人との意思疎通を図る際いつも「筆記」という手段を用いていたから今更それをマニゴルドは驚いたりはしない。カノンと二人きりの場合は口を利くらしいのだがそれは二人の持つ「能力」に関連した話なのでマニゴルドも深くは突っ込んだことはなかったのだ。
とにかく、マニゴルドが驚いて見せたのはその「返事の内容」に対してだった。
犯人は秩序型、かつ無秩序型。
遺体のどのあたりをみて判断したのかは定かではないがマニゴルドには全く分からなかった。
「どういう、ことだ?」
「探偵クン。それすらも分からないのはいささかどうなんだ? ああ…ハーフボイルドには難しすぎたかな」
「カノン…てめぇな…」
『遺体の扱い。それから遺体の手術痕。それが異常だ』
「異常?」
ハーフボイルド、と呼ばれカチンと頭にきて思わずカノンに掴み掛ればその寸前に目の前にさらされたのは綺麗な字がつづられたメモ帳だった。
それを目で追って問うマニゴルドにミロは再びメモにペンを走らせる。
『犯人はレダを人間として扱っている。けれどその他4人に対してはまるで物のような扱いだ。手術痕の乱雑さがそれを物語ってる』
「それから遺体発見時の遺体の状況だ。5人の遺体は空き地に捨てられていたが、秩序型犯人なら自分の獲物をそんな風にぞんざいな扱いはしない。無秩序なら…こんな風に腕を組ませ目を伏せさせたりしない。後者に罪悪感という概念は存在しないからな」
淡々と語る二人にマニゴルドはこみ上げる吐き気のようなものを抑えながら頷き返した。
よくこんな写真を平然とした顔で見ながらしゃべれるものだとマニゴルドは思う。探偵として情けないかもしれないが死体は…苦手だ。
「なんか…母親の腹に戻る双子って感じだな」
「!?」
突然カルディアが口にした言葉にマニゴルドはばっと勢いよく振り返った。
その反応に「なんだよ?」と首をかしげるカルディアの目はいつものもので、少しの安堵をマニゴルドは覚える。
「そう。まさにそこなんだ。俺が一番注目してるのは。なんだ、マニゴルドよりも探偵ぶりが板についてきたんじゃないか、カルディア」
「いやぁ~へへ」
「へへ、じゃねえよ。どういうことだ、カノン!」
『メンゲレの再来』
「なんだ、それ…」
ぺらりとメモ帳をめくり、ミロはあらかじめ用意していたのだろう、そのページをマニゴルドに差し出した。
「悪行高い死の天使。メンゲレは双子に固執した。特にシャム双生児にな」
双子のどこがいいのかわからんが…まさにそれの様だろうと、指示された写真にマニゴルドはぞっとした。そして憎悪すら覚える。
「それから犯人は解離性同一性症候群かもしれないな」
「解離性…多重人格ってことか?」
「ああ」
呟き頷いてカノンはミロをもう一度自分の膝の上に乗せると背後からその体をぎゅうと抱きしめ、そして心底面倒くさそうな顔で続けた。
「推測だがな。レダを「母親」にしようとした人格とそれからレダを「助けよう」とした人格と。彼女の遺体を空き地に捨てたのは前者。後者は捨てられた遺体を見て後悔の念から彼女の腕を組ませたんだろう。メンゲレにジキルとハイドってか。そらぁエドガーアランポーもびっくりな話だ」
茶化した口調で言うカノンに付け加えるようにミロはメモに文字を書き連ね、それをマニゴルドへと向けた。
『この犯人は完璧を求めているみたいだ。完璧ではないものは捨てる。「母親」を求める人格はそんな人格なのかもしれない』
ミロの言葉に、マニゴルドは一度視線を床に落とすとはじけかれたように立ち上がるのだった。
PM22:02
夜も暮れ、身を切る様な冷たさが支配する公園の噴水前のベンチにマニゴルドは座っていた。
この公園にマニゴルドが訪れたのはつい5分ほど前。目当ての人物はすぐそこに迫っている。
「遅くなってすいません」
ぺこりと頭を下げる男は「いろいろと自分の気持ちを整理するのが難しくて…それで、話とは?」
もしかしてなにか手がかりでも期待する眼差しを向ける彼に、しかしマニゴルドは首を横に振ると「お前に聞きたいことがある」とベンチを立ち上がるのだった。
「聞きたいこと?」
「ああ…なんでお前はあの時あんなことを言ったのか、と」
「あんな、こと?」
「カルディアがレダの財布から思念を読み取れなかった時の事だ」
昨日の昼間の事がマニゴルドはずっと引っかかっていたのだ。
それは些細な言葉だったろうが、しかしマニゴルドの琴線には十分すぎるほどに触れたのだ。
「お前言ったよな…。彼女が最後に何を思ったのか知りたいと」
「え…ええ。恋人として、当然でしょう?」
「否…普通はこうじゃねえのか…? 犯人は誰なんだ?って」
「……」
「だんまりか…まぁ、いい。とにかく、お前はなにか隠してるそれだけは確実だ。なあ、アルヘナ…お前は一体なにを…っ」
瞬間、後頭部に激痛を覚えマニゴルドはたまらず地面に片膝をついた。
ぐらりと世界が暗く歪み、意識が徐々に遠のく。
「あ…るへな、おま…」
「あんたの想像通りだよ…探偵サン」
にやりと、昨日の彼からは想像つかない顔で笑う男にマニゴルドは背筋が凍るほどの悪寒を覚える。
これが本当の彼なのか。これが本当のアルヘナという男なのか、と。
「俺はね…探偵サン。完璧なものを求めてるんだ。完璧でないものはいらない…いらないんだ。そして、あんたのとこのアレがあれば俺は…完璧になれる」
「あれ…まさ…ぐっ…」
言いかけた言葉は思い切り腹を蹴り上げられたことにより遮られ、そのままマニゴルドは意識を手放した。
消える瞬間、視界の端に燃えるような真っ赤な色彩がちらついたのは自分の額から流れる血だったのか、それとも別の何かなのか…マニゴルドにその判断はできなかった。
PM23:56
「マニゴルド…遅いな」
探偵事務所ではなく、カノンの家で待つように指示されたカルディアは窓から外を眺めながらそっと溜息を吐き捨てた。
マニゴルドが出かけてもう1時間以上は経っている。
あのマニゴルドに何かあったとは…考えたくもないが…。
「嫌な予感がする」
『嫌な予感?』
うさぎモチーフのパジャマに着替え先にベッドに上がっていたミロに問われ、カルディアは頷くともう一度窓の方へと視線をやって言うのだった。
「うん…なんか…嫌な感じだ」
吐き捨てた溜息は窓ガラスを白く曇らせ、そしてカルディアの胸を少しばかり重くするのだった。
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